「両利きの経営」は、既存事業を抱える企業(以降、既存企業)がデジタル変革に立ち向かう際のマネジメントスタイルとして認知が深まっている。一方で、不確実性の高い時代において、過去の成功体験が必ずしも将来を約束するものではないことは自明である。企業は、既存事業で培ってきた能力をどう深化させていくべきであろうか。本稿では、経済複雑性指標に着目することで、日本企業の強みである複雑性のマネジメントを活かす方向性について述べる。
かつて、継続的な事業展開による高い市場シェア、多くの従業員を人的リソースに持つ大企業は成功の象徴であり、多様なビジネスを展開するための源泉として認識されていた。長年にわたり拡大してきた事業は資産であり、負の遺産とするような考えは一般的ではなかったといえるだろう。近年、コロナ禍を契機に、危機からの復元力や回復力を表す「レジリエンス」というキーワードが企業において注目されている。平常時だけでなく、危機に陥ったビジネスを復元し回復させるためにも、規模の大きさは本来有利に働くはずである。
しかし昨今では、単に伝統があり規模が大きいというだけでは台頭するデジタル・ディスラプターに対して有利とならないばかりか、かえって規模の大きさと歴史が足枷となり守勢に回らざるを得ない側面もクローズアップされている。すなわち、これまでの延長線上の戦略や固定観念から脱却できないレガシーな企業は生き残れない、といった考え方である。
グローバル市場における不確実性の深化、少子高齢化による国内市場の飽和感といった先行きの不透明なビジネス環境が、そうした考え方をさらに強めている。だからこそ、既存事業だけでは成長が見込めないという閉塞感や、顧客の価値観の変化と多様化に追従できないといった危機感が、企業がデジタル変革を推進する原動力にもなっている。その際、既存事業を抱える企業は、これまで成功してきたビジネスを維持・深化させつつ、新しい事業や新規市場をスピーディに開拓・探索する「両利きの経営」により、環境変化に適応していかねばならない(ITR Insight 2019年夏号『デジタルトランスフォーメーションの推進プロセス』 #I-319073)。