自らスマートデバイス向けアプリケーション開発を主導している国内ユーザー企業は少ない。自社ビジネスにおいてスマートデバイスを有効に活用しビジネス成果を獲得するためには、UX(ユーザー・エクスペリエンス)中心に設計開発を行うことが重要であり、「Make/Validate/Discover/Design」という新しい考え方のサイクルを繰り返し実施する開発プロセスを採用することが重要となる。
前編において、UX(ユーザー・エクスペリエンス)中心にスマートデバイス向けアプリの設計/開発/運用を行うことの重要性を解説した。それでは、優れたUXを実現するためのプロセスとはどのようなものであろうか。図1に、UXの優劣に与える要素の代表的なものを列挙した。これらの要素は、UXの基本的知識や価値について解説したITR Insight 2011年春号「ユーザー・エクスペリエンス中心のITシステム設計」(#I-311042)でも紹介した「ISO 9241-210:2010」における定義を参考にして抽出した。
従来のウォーターフォール型システム開発プロセスの場合、要件定義をシステム設計の前に完了していることが求められる。UXが重要になるシステムの場合、図1に示した各要素に対して、要件定義を行えれば従来の開発プロセスでシステム開発は可能である。しかし、UXに与える代表的要素のうち「見た目」「機能」「システム・パフォーマンス」の要件定義は可能だが、他の要素は定義が困難であることがわかる。ここで注意が必要なのは、要件定義ができるからといって、その要件がUX向上に寄与するとは限らないことである。例えば、「見た目」すなわちユーザー・インタフェースの要件定義を行うことは可能だが、そのユーザー・インタフェースで優れたUXを獲得できるかどうかを事前に予測することは困難である。そのため、図1に示した各要素がどの程度UX向上に寄与するかどうかを検証する必要がある。「システム・パフォーマンス」は定量的に測定可能だが、他の要素については要件とUX優劣の関係性を検証することは困難である。
UXの優劣は時間とともに変化することも、UX中心の設計開発を難しくする原因の1つである。ある人がそのUXを気に入ったとしても、長時間利用していると飽きてしまい、悪いUXであると評価するかも知れない。また、時代とともに優れたUXのトレンドは変化するため、一度は優れたUXだと評価されても、その後UX評価が落ちることも珍しくない。例えば、スマートフォン/タブレットにおけるデザインはかつて「スキュアモーフィックデザイン」が主流であった。これは実際に存在する物質に似たデザインを行う手法で、「本のページ」や「家の玄関」に似せたアイコンなどが代表例である。この手法は、機能を想像しやすい、身近に感じる、などの理由で高く評価されたが、最近は古くさく感じる、ユーザーの経験に依存する、などの理由で避けられるようになり、「フラットデザイン」や「マテリアルデザイン」が主流となっている。つまり、過去に優れたUXを実現した要件であっても時間が経つにつれて効果の薄い要件になる可能性が高いのである。