新型コロナ禍への対応と景気後退の影響から、 企業におけるITシステムの運用はさらなる自動化や効率化を迫られている。運用管理においては、市場プレーヤーの動向を的確に把握し、時代の趨勢に沿った適切な運用技術を採用することが求められる。本稿では、運用管理の4つの領域において留意すべきアップデートを述べる。
クライアント/サーバ型のコンピューティング・アーキテクチャが普及した1990年代後半以降、企業の情報システムの運用は、その多くの部分をシステム監視やジョブ管理などのモジュールからなる統合運用管理ツールが担ってきた。システムの稼働環境の変化(仮想化など)やシステム特性(Webアプリケーションなど)に応じて、各々のシステム運用ツールは機能拡張や改良を繰り返し、現在に至っている。昨今はクラウドシフトが著しく、CSP(クラウドソリューションプロバイダー)の機能(管理コンソール、監視サービスなど)のニーズも増えつつあるが、運用管理ツールとしての利用例が依然多いのが現状である。また、システム運用の上位概念であるITサービス管理においては、2000年台前半よりITILでのプロセスの標準化が進んだこともあり、インシデント管理や資産管理などのツールが普及した。現在も、企業が備えるこれらのツールの構成は大きくは変わっていない。
一方で、ツールの提供形態の観点からは変化が見られ、徐々にパッケージ型からSaaS型へ移行する傾向にある。ITRの調査では、運用管理市場をパッケージとSaaSの提供形態別で比較すると、2018年度はパッケージ市場が前年度比5.8%増に対し、SaaS市場は同44.3%増の大幅な伸びを示した(出典:「ITR Market View:運用管理市場2019」)。結果として、市場規模に占めるSaaSのシェアは2017年度5.6%から2018年度に7.5%へ拡大し、2019年度には9.8%に拡大する見込みである(図1)。
ここでソフトウェア全体からSaaS市場を俯瞰すると、黎明期より成長が著しかった分野として経費精算システムやグループウェアがあげられる。現在これらの市場では、市場規模に占めるSaaSの売上げがパッケージを大きく上回っている。実はこれらの市場と同様に、運用管理市場においても比較的早期にSaaSをリリースしたベンダーは少なくなかった。しかし、その多くは売れ行きが芳しくなく、サービス事業は頓挫した。その要因のひとつには、クイックスタートがSaaSの利点であるはずが初期構築を要求されるという事情があった。多くのシステム運用ツールは、顧客サイトやコロケーション環境内に管理サーバや中継サーバを構築する必要があり、柔軟な環境移行が難しかった。また、もうひとつには、多くのベンダーが、既存パッケージの機能を踏襲あるいはサブセットをもってSaaSを商品化するというアプローチをとっていた点があげられる。それらは必ずしもクラウドネイティブな設計思想で開発されたものではなく、付加価値が限定され魅力的な選択肢にはなりえなかった。しかし、その後クラウドと親和性の高いITサービス管理ツールが台頭し、SaaS普及の先鞭をつけ、今に至っている。現在の市場成長を牽引するのは、クラウドネイティブな設計思想を備えるベンダーが中心であり、着実に市場からの支持を増している。
ソフトウェア市場と同様に、運用管理市場もSaaS化へ向かうが、そのスピードは決して速くはない。早期にSaaSが主流となるのは、サービスデスク/インシデント管理など一部の分野にとどまり、他の多くの分野がSaaSへ移行し成熟するまでには時間を要すると見られる。したがって、多くの企業が直ちに運用管理ツールをSaaSに切り替えるべき、というのは時期早尚である。しかし、ITシステムの主流がクラウドへ向かい、サービス利用型の形態が一般的になる昨今の時流に目を向けて、その状況を理解しておくことは重要である。SaaSに限らず、いくつかの分野では新しいサービスの萌芽や成熟の動向が見られる。これらのクラウド化やサービス化へ向かう市場環境の変化を見据えて、運用管理のアップデートを検討することが推奨される。